障害児を普通学校へ全国連絡会会報 2014年6月号 325号巻頭文

障害者権利条約が批准され、どのように活用したらよいか

東京都・世話人  嶺井正也

障壁を確認しつつ

日本での障害者権利条約批准(2014年1月20日)にむけて、これまで内閣府の「障がい者制度改革推進会議」などの議論を経て、障害者基本法改正や障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の制定などの国内法の整備が行われてきました。教育に関しては、改正障害者基本法第16条で「国及び地方公共団体は…可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮しつつ、教育の内容及び方法の改善及び充実を図る等必要な施策を講じなければならない」と規定したことの意義は大きいものです。権利条約第24条で規定されたインクルーシブ教育に即した内容です。しかし、本来の意味のインクルーシブ教育制度への移行については文部科学省のすさまじい抵抗があったことは、もう周知のとおりでしょう。

日本弁護士連合会が「学校教育法及び同法施行令は未だ、障がいのない子もある子も分け隔てなく共に学ぶことを原則としておらず、あらゆる段階において共生社会を形成するための教育(インクルーシブ教育)を保障するための法整備が必要である」(2013年12月13日)と指摘したことからも明らかなように、文科省がすすめる「包容する教育システム」は、条約に規定するインクルーシブ教育制度を目指したものではありません。

権利条約批准にいたる過程で、こうした障壁が日本国内でつくりあげられていることはきちんと踏まえておく必要があります。しかも、残念なことに、国連での権利条約制定の最終段階で、第24条の解釈に関する中国からの意見で、各国の事情によって分離的な特別学校の存在をこの規定は否定するものではない、との確認がなされてしまったことも私たちは念頭に置いておかなければなりません。

原則はインクルーシブ教育とはいえ第24条が規定するのは明確にインクルーシブ教育制度なのです。確かに、盲学校や聾学校を選択できる制度としては認めてはいますが、基本は障害のある子どもを通常の学校に受け入れ、共に学ぶ教育、すなわち、インクルーシブ教育を規定しています。インクルーシブ教育とは、文部科学省の解釈のように、特別支援学校を積極的に認めつつそれを内包した制度では決してありません。それは、日本政府代表顧問だった東俊裕弁護士が「最後のアドホック委員会で、中国は分離教育も一般教育に入ることを議場で確認を求め同意を得たが、しかし、重要なのは、本条約が完全なインクルーシブ教育を強調し、とくに、自己の住む地域社会において、インクルーシブで質の高い無償の初等教育及び中等教育にアクセスすることができること」(東さんのココログ・ブログより)の説明からも明らかでしょう。

権利条約が各国で適切に履行されているかを監視する人々に対するガイドブック『障害者権利条約モニタリング 人権モニターのための指針 専門職研修シリーズ№ 17』(2010年に国連で作成。(財) 日本障害者リハビリテーション協会訳)もそのことを裏書きしています。そこでは、監視活動を行うための質問事例として、「法律では、インクルーシブな教育の権利を明確に承認しているか」、「締約国は、障害のある生徒が一般教育を受けることを禁止しているか」、「締約国は、分離型の学校制度を維持し、障害のある生徒の分離型の学校への通学を義務付けているか」、「障害のある生徒は、障害を理由に、特定の教科を学ぶよう強制されたり、特定の授業を取ることができなかったりするか」、「障害のある生徒は、学校への入学を許可される条件として、何らかの治療を受けることを義務付けられているか」、「締約国は、障害のある人が一般教育制度から排除されるのを防ぐための法的措置およびその他の措置を講じてきたか」といった具体的質問例が示されています。

国際的監視と地域における取り組みをつなぐ

日本国内で監視機関の役割を担うのは内閣府の「障害者政策委員会」になっています。。同委員会に対し、この指針にもとづく働きかけをする必要があります。と同時に、2年以内(その後は4年以内ごと)に国連の障害者権利委員会に対して、条約に基づく義務履行のための措置などについて包括的に報告しなければならない政府に対して、前述した指針に示された質問のような観点から現状を明らかにしておきたいものです。インクルーシブ教育への権利を実現するために必要とされる「個人的に必要な合理的配慮」(第24条第2項)についても質問したいものです。障害者権利委員会が中国に対して2010年の第8会期で「特別学校が多数設置されていること、および、締約国がこのような学校を積極的に発展させる政策をとっていることを懸念する」として、「インクルージョンの概念は条約の基本概念のひとつであり、教育の分野でとりわけ遵守されるべきであることを想起するよう望む。委員会は、より多くの障害児が普通教育に出席できることを確保する目的で、普通学校におけるインクルーシブ教育を促進するために特別教育制度からの資源の再配分を行なうよう」(平野裕二翻訳)勧告している点に注目したいものです。先に述べた「障壁」打破に関わってくる勧告になりましょう。

教育委員会や学校側との交渉や話し合いの関係で、どんなことが話され、どんな姿勢がみられたのかを、条約の観点から点検しておくことが一つの力となるはずです。合わせて、この条約に反した人権侵害を受けた個人が障害者権利委員会に通知できることを定めた「障害者権利条約選択議定書」の批准を求める取り組みも進めることが必要かもしれません。

最後に、いま国会で審議中の教育委員会制度改革法案が成立すれば、その改革意図の当否は別にして、教育行政に関する首長の権限が強まるという新しい状況が生まれることになります。障害者差別に関する条例づくりや就学問題にかかわって、あらためて権利条約の趣旨を訴えていくことも重要ではないでしょうか。  (専修大学教員)

他、記事は以下の通りです。お読みになりたい方は、この機会にぜひご入会下さい。

障害児を普通学校へ全国連絡会会報 2014年6月325号目次
・巻頭 障害者権利条約が批准され、どのように活用したらよいか!
・いよいよ『養護学校はあかんねん!』がDVDになります!
・高校入試状況の報告についての訂正
・事務局カレンダー 6月・7月
・シリーズ憲法改悪11『いのち』―その軽重—
・支援クラスから普通クラスへ―知的障害を伴う自閉症の息子8才のヨッシーとヨッシー母の歩み―
・転籍までの道程
・おしえてね
・『つくし共の会』の開催について
・全国連・初の連載小説 第19回『ただやみくもな、わけではない』
・相談からコーナー『テストや宿題でどうしたらよいか』
・事務局から