| 年 月 |
通巻 |
巻頭言著者・タイトルなど |
| 2006年7月号 |
249号 |
第7回「障害児」の高校進学を実現する
全国交流集会in佐賀にみなさん来て下さい!
現地実行委員会事務局長 船津 静哉
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| 2006年6月号 |
248号 |
「連続・大量差別はがき事件」
―現在進行形の部落差別と、その背後にあるもの
「連続・大量差別はがき事件」代表告訴人 浦本誉至史
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| 2006年5月号 |
247号 |
分離教育を明確にする
教育基本法「改正」案を廃案にしよう
東京都・世話人 北村 小夜
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| 2006年4月号 |
246号 |
「〈ともに〉をめざす教育殺し」がすすむなかで
東京都・運営委員 古川 清治
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| 2006年3月号 |
245号 |
『根本的な制度改革を!! 個別対応はもう限界だ』
全国連絡会 代表 徳田 茂(石川県 ひまわり教室)
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2006年
1・2月号 |
244号 |
『原則分離を規定している学校教育法施行令の改正を』
教育の欠格条項をなくす会準備会 木村俊彦
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| 2005年12月号 |
243号 |
『落選の憂き目のなかで』
東京都・世話人 石毛えい子
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| 2005年11月号 |
242号 |
追い越していった時代を、一人称で追撃だぁ!
障害者問題総合誌「そよ風のように街に出よう」編集長・河野秀忠
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| 2005年10月号 |
241号 |
現地実行委員会事務局長 北村淳 第12回全国交流集会を終えて
兵庫県・世話人 北田万寿男 兵庫より感謝を込めて
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2005年
8・9月号 |
240号 |
全国交流集会現地実行委員会事務局長 北村淳
「もうすぐ くる?」 交流集会の成功を願って
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| 2005年7月号 |
239号 |
事務局長 亀山 行正
第12回全国交流集会が近づきました
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| 2005年6月号 |
238号 |
一木 玲子
イタリアのインクルージョンの一事例から学ぶ
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| 2005年5月号 |
237号 |
松村 敏明
八月、神戸でお会いしましょう!
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| 2005年4月号 |
236号 |
中川 明
『「日の丸」「君が代」と障害児・者とをつなげて思うこと』
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| 2005年3月号 |
235号 |
石川 憲彦
『いま、思うこと―発達障害者支援法の大政翼賛的な脅威―』
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| 2005年1・2月号 |
234 |
亀山 行正「原点に戻って」
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| 2004年12月号 |
233
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北村 小夜「教科書が差別・選別の具になる」
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232
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穏土ちとせ「第6回『障害児』の高校進学を実現する全国交流集会」報告
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| 2004年10月号 |
231 |
田中禎憲「学校とは、なに?!―保護者との連帯をあらためて考える―」 |
| 2004年8・9月号 |
230 |
石川雅之「「自己責任」論に警戒を」 |
| 2004年7月号 |
229 |
岩波千恵子「学校でたった一人、車椅子の生徒 −唯一の楽しい思い出になってほしかった修学旅行−」 |
| 2004年6月号 |
228 |
千田好夫「原則共学(インクルージョン)、私のイメージ」 |
| 2004年5月号 |
227 |
神奈川・「障害児」の高校入学を実現する会「神奈川の高校受験」 |
| 2004年4月号 |
226 |
亀山 行正「分離教育制度は子どもの敵」 |
| 2004年3月号 |
225 |
鈴木 未己秀「これは息子から教わったことです」 |
| 2004年1・2月号 |
224 |
山本勝美「「今の若い親は……」というコメントも結構ですが」 |
| 2003年12月号 |
223 |
小林律子「縦割り運動を超え、連帯して分離教育を変えよう!」 |
| 2003年11月号 |
222 |
清水建夫「この国をあたたかく誠実な国に変えよう!」 |
| 2003年10月号 |
221 |
荒野耕司「ようこそ札幌へ―分けないことの大切さを再確認しよう」 |
| 2003年8・9月号 |
220 |
片桐健司「全国の仲間と出会って元気になろう「全国交流集会in札幌」に みんな、集まれ!」 |
| 2003年7月号 |
219 |
山田真「「健康日本21」と「健康増進法」」 |
| 2003年6月号 |
218 |
古川清治「「教育基本法−無視から改悪へ」がわたしたちにもたらすものは」 |
| 2003年5月号 |
217 |
山田晴子「今年の高校進学−千葉からの報告−」 |
| 2003年4月号 |
216 |
石川憲彦「LD,ADHDが注目される社会とは」 |
| 2003年3月号 |
215 |
石井小夜子「教育基本法の改悪が目指すもの」 |
| 2003年1・2月号 |
214 |
嶺井正也「教育基本法改悪に反対を!」 |
| 2002年12月号 |
213 |
熊谷直幸「わたしが見てきたアメリカ障害児教育」 |
| 2002年11月号 |
212 |
谷奥克己「文部科学省の「分離・別学」という隔離主義は変わらない」 |
| 2002年10月号 |
211 |
元木秀樹「ひとりひとりができることから始めませんか」 |
| 2002年8・9月号 |
210 |
岩佐晴夫「高校への希望者全入門題をめぐって」 |
| 2002年7月号 |
209 |
東俊裕「武器を手に」 |
| 2002年6月号 |
208 |
熊谷直幸「もう一度「原則統合」への道筋を探る」 |
| 2002年5月号 |
207 |
村田秀樹「「選択の自由」による競争の強化に対抗する」 |
| 2002年4月号 |
206 |
郡司實「309号通達の失効によって適正就学の道は強化されるのか」 |
| 2002年3月号 |
205 |
平野裕二「目に見えない障害児達(国連への第2回政府報告書提出される)」 |
| 2002年1・2月号 |
204 |
片桐健司「学校教育法施行令「改正」案についての見解」 |
| 2002年1月 |
臨時 |
文部科学省のパブリックコメントに意見を出そう |
| 2001年12月号 |
203 |
小山恵美子「近所にいるちょっと違う普通の人として」 |
| 2001年11月号 |
202 |
高木千恵子「就学時健康診断は普通学校への入学試験」 |
| 2001年10月号 |
201 |
片桐健司「改悪阻止に立ち上がろう」 |
| 2001年10月 |
臨時 |
10.18集会参加要請 |
| 2001年8・9月号 |
200 |
河原一男「二十年間は繰り返しだったのか」 |
| 2001年8月 |
臨時 |
学校教育法施行令22の3Fax、メール要請 |
| 2001年7月号 |
199 |
片桐健司「第10回全国交流会の開催にあたって・別学制度の壁を崩すために」 |
| 2001年6月号 |
198 |
片岡一英「この夏の出会いを期して」 |
| 2001年5月号 |
197 |
村田秀樹「東京での高校への取り組みの報告」 |
| 2001年4月号 |
196 |
牧口一二「欠格条項をなくし障害者差別禁止法へ」 |
| 2001年3月号 |
195 |
石毛えい子「人権教育・啓発促進法の成立と人権救済機関の設置」 |
| 2001年1・2月号 |
194 |
熊谷直幸「別学制度の壁を崩そう」 |
| 2000年12月号 |
193 |
山本勝美「国勢調査は誰のため」 |
| 2000月11月号 |
192 |
林田徹「いよいよ高校受験です」 |
| 2000年10月号 |
191 |
白石勇「二つの報告書を読んで」 |
| 2000年8・9月号 |
190 |
古川清治「全障連の集会に参加して考えたこと」 |
| 2000年7月号 |
189 |
堀智晴「共学への法改正のためのロビー活動の開始を」 |
| 2000年6月号 |
188 |
亀山行正「社会人へ第一歩」 |
| 2000年5月号 |
187 |
篠崎俊博「少年法改正案は障害児も追いつめる」 |
| 2000年4月号 |
186 |
熊谷直幸「規約の起草について」 |
| 2000年3月号 |
185 |
青海恵子「新たな想像の枠組みを」 |
| 2000年1・2月号 |
184 |
後藤安彦「旗列車と車イス」 |
| 1999年12月号 |
183 |
原田恒夫「子どもの就学先決定権者は両親」 |
| 1999年11月号 |
182 |
小俣軍平「学級崩壊騒動敗北の世代の教師からのメッセージ」 |
| 1999年9・10月号 |
181 |
堀正嗣「共生教育制度への転換を」 |
| 1999年8月号 |
180 |
熊谷直幸「金沢は呼んでいる」 |
| 1999年7月号 |
179 |
徳田茂「この夏出会いは金沢で」 |
| 1999年6月号 |
178 |
下野俊治「運営委員会の点描」 |
| 1999年5月号 |
177 |
高野里美「出生前診断に思う」 |
| 1999年4月号 |
176 |
篠田三千代「我が子の誕生」 |
| 1999年3月号 |
175 |
佐藤博行「Kとの出会い」 |
| 1999年1・2月号 |
174 |
伊地智恵子「事務局の一日」 |